に祟《たゝ》つてゐた經濟の苦しみが初めてこれで救はれた。
「誰の爲《し》た事でもない僕のお蔭だよ。僕があの時どんなに怒つたか覺えてゐるだらう。君がとう/\いふ事を聞かなけりやこんな幸福は來やしないんだ。」
義男自身がみのるに幸福を與へたかのやうに義男は云ひ聞かせた。
「誰のお蔭でもない。」
みのるも全く然うだと思つた。みのるはある時義男が生活を愛する事を知らないと云つて怒つた時、みのる自身は自分の藝術の愛護の爲めにこれを泣き悲んだりした。そんな事に自分の筆《ペン》を荒《すさ》ませるくらゐなら、もつと他の筆《ペン》の仕事で金錢といふ事を考へて見る、とさへ思つた。
けれども義男に鞭打たれながらあゝして書き上げた仕事が、こんな好い結果を作つた事を思ふと、みのるは義男に感謝せずにはゐられなかつた。
「全くあなたのお蔭だわ。」
みのるは然う云つた。この結果が自分に一とつの新規の途を開いてくれる發端になるかも知れないと思ふと、みのるは生れ變つた樣な喜びを感じた。
「これで別れなくつても濟むんだわね。」
「それどころぢやない。これから君も僕も一生懸命に働くんだ。」
選をした内の一人に向島
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