いつまでも追つてゐたかつた。遂に自分の手に落ちないものと定《き》まつてゐても、生涯その一縷の光りを追ひ詰めてゐたかつた。然うしてその追ひ詰めつゝゆく間に矢張り自分の生の意味を含ませて見たかつた。
 二人はある晩酉の市から歸つて來てから、別れるといふことを眞面目に話し合つた。
「第一君にも氣の毒だ。僕の働きなんてものは、普通《なみ》の男の以下なんだから。僕はたしかに君一人養ふ力もないんだから一時別になつてくれたまへ。その代り君を贅澤《ぜいたく》に過ごさせる事が出來る樣になつたら又一所になつてもいゝ。」
 これが別れると定《き》まつた時の義男の言葉であつた。
「義男と離れたなら自分は何うしやう。何うして行かう。」
 みのるは直ぐに斯う思つた。さうして自分の傍から急に道連れの影を失ふのが、心細くて堪らなかつた。今まで長く凭れてゐた自分の肌の温みを持つた柱から、辷《すべ》り落されるやうな頼りなさが、みのるの心を容易に定まらせなかつた。
「メエイとも別れるんだわね。」
 みのるは庭で遊んでゐた小犬を見ながら斯う云つた。この小犬は二人の長い月日を叙景的に繋ぎ合せる深い因縁をもつてゐた。二人をよく慰
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