な氣もした。みのるが自分の腕に纒繞《まつは》つてゐる爲に、大膽に世間を踏み躙《にじ》れないといふ事が自分に禍ひをしてゐるのだと思ふと、義男はこの女を追ひ出すやうにしても別にならなければならないと思ひ詰める事があつた。
「何か仕事を見付けて僕を助けてくれる譯にはいかないかね。」
 義男は毎日の樣にこれをくり返した。
 遂に男の手から捨てられる時が來たとみのるは意識してゐた。
 十何年の間、みのるは唯ある一とつを求める爲めに殆んど憧れ盡した。何か知らず自分の眼の前から遠い空との間に一とつの光るものがあつて、その光りがいつもみのるの心を手操り寄せやうとしては希望の色を棚引かして見せた。けれどもその光りは、なか/\みのるの上に火の輝きとなつて落ちてこなかつた。みのるは義男の心の影を通して、自分にばかり意地の惡るい人生をしみじみと眺めた。
「何も彼も思ひ切つてしまひたまへ。君には運がないんだから。そうして君はあんまり意氣地がなさ過ぎる。君は平凡な生活に甘んじて行かなけりやならない樣に生れ付いてるんだ。」
 斯ういふ義男の言葉をみのるは思ひ出した。けれども、みのるは矢つ張りその一|縷《る》の光りを
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