みのるの爲《し》た事は、他から考へると唯安つぽい人困らせに過ぎなかつた。つまりは矢つ張り出なければならなかつた。
 初め義男はみのるに斯う云つた。
「自分から加入を申込んでおいて、又勝手によすなんてそれは義理がわるい。何うしても君がいやだといふなら、僕が君の出勤を拒んだ事にしておいてやらう。」
 義男は然うして劇團の事務所へ斷りを出した。劇團の理事も行田もその爲めに義男を取り卷いてみのるの出勤をせがんで來た。
 劇團の方ではみのるに代へる女優を見附ける事は造作のないことであつたかも知れないが、これだけのむづかしい役の稽古を積み直させるだけの日數の餘裕がなかつた。開演の日はもう迫つてゐた。經營の上の損失を思ふと、小山は何うしてもみのるに出勤して貰はねばならなかつた。行田も義男にあてゝ長い手紙をよこした。
「みつともないから好い加減にして出た方がいゝね。僕も面倒臭いから。」
 義男は斯う云つて、いつも生きものを半分|弄《なぶ》り殺しにしてその儘抛つておく樣なこのみのるの、ぬら/\した感情を厭はしく思つた。然うしてこの女から離れやうとする心の定めがこの時もその眼の底に閃いてゐた。二三日してか
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