生がありますが、それにもあなたの今度の技藝に就いて話をしてゐる位です。是非それは思ひ返してやつて頂き度い。」
 酒井は如才なくみのるをなだめた。
 けれどもみのるは何うしても厭になつてゐた。
 この劇團の權威をみとめる事が出來なくなつたのと同時に、みのるは自分の最高の藝術の氣分をかうした境で揉み苦茶にされる事は、何うしても厭だといふ高慢さがあくまで募つてきて、誰の云ふ事にも從ふ氣などはなかつた。明日から稽古に出ないと云ふ決心でみのるは歸つて來てしまつた。
 けれどみのるの眼の前には直ぐ義男と云ふ突支棒《つつかひばう》が現はれてゐた。この話をしたら義男はきつと自分に向つて、口ばかり巧者で何も遣り得ない意氣地のない女と云ふ批判を一層強くして、自分を侮るに違ひないとみのるは思つた。けれ共矢つ張り義男にこの事を話すより他《ほか》なかつた。
「よした方がいゝだらう。」
 義男は簡單にかう云つた。さうしてみのるが想像した通りを義男はみのるに對して考へてゐた。
「私はもう何所へもゆきどころがなくなつて終《しま》つた。」
 みのるは然う云つて仰向きながら淋しさうな顏をした。

       十一

 
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