うちにきつと自分を苛める生徒が一人二人ゐた。みのるは毎朝何かしら持つて行つてその生徒に與へてはお世辭をつかつた事があつた。そうして學校へ行くのがいやで堪らない時代があつた。丁度今度の録子に對するのがそれによく似た感じであつた。
録子は女主人公の戀人の夫人をする事になつてゐた。行田も酒井も「あれでは困る。」と云つて、その古い芝居に馴らされてしまつたそうして頭腦のない録子に手古摺《てこず》つてゐたけれ共、録子はそんな事には平氣であつた。そうして演劇をするについては一生懸命だつた。みのるは遂々《たうとう》この録子に負けてしまつた。そうして其役を捨てると云ふ事を行田に話した。みのるはその時泣いてゐた。
「然うセンチメンタルになつては困る。今あなたに廢《や》められては困る。」
口重《くちおも》な行田は一とつことを繰返しながら酒井を連れて來た。酒井は柱のところに中腰になつて、
「今あなたがそんな事を云つては芝居がやれなくなりますから何卒《どうぞ》我慢してやつて頂きたい。あなたの技藝は我々が始終賞めてゐるのですから、我々の爲にと思つて一とつ是非奮發して頂きたい。私の方の學校で今ヘツダを演つてる女
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