いたやうにみのるの手から包みを取らうとした。
「持つてつてやるよ。」
雨の停車塲は遲れた電車を待合せる人が多かつた。つい今しがた降り出した雨だけれども、土も木も人の着物も一樣に濕々《じめ/″\》した濡れた匂ひを含んで、冷めたい空氣の底にひそかに響きを打つてゐた。みのるは包みを外套の下に抱へてゐる義男を遠くに放して、その傍に寄らずにゐた。電車に乘つてからも二人は落魄した境涯にあるやうな自分々々を絶えず心の中で眺め合ひながら、多くの他人の眼の集つた灯の明るい電車の中で、この夫婦といふ縁のある顏と顏を殊更合はせる事を避けてゐた。みのるは時々義男の外套の下から風呂敷包みの頭が食み出てゐるのを見た。前の狹い外套の裾は膝の前で窮屈そうに割てゐた。みのるは顏を背向けると、その見窄らしい義男の姿を心に描いて電車の外の雨に濡れてゐる灯を見詰めてゐた。
自分を憫れんでゐるやうな睫毛の瞬きが、ふるえて落ちる傘の雫の蔭にちら/\しながら、みのるは仲町のある横丁から出て來た。角の商店の明りの前に洋傘を眞つ直ぐにして立つて待つてゐた義男の傍に來た時、みのるの顏は何所となく囁き笑ひをしてゐた。
「うまくいつた
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