まづい顏をしてゐる事が多かつた。
「初めからのお約束ですから、少々氣に入らない事があつても一致してやつて頂かなけりや困ります。どうでせう皆さん。もう日もない事ですから一とつ一生懸命になつて臺詞を覺えて頂く譯には行きませんか。」
酒井の傍に坐つた小山が、こんな事を云つて口に皺を寄せながら向ふに集まつた俳優たちを眺めてゐる事もあつた。
その中で女優ばかりは誰も彼《か》も評判がよかつた。皆が舞臺監督の云ふ事をよく聞いて稽古を勵《はげ》んでゐた。
「こんなに女優が重い役をやると云ふのは今度が初めだから、一とつ思ひ切つた立派な藝を見せていたゞき度い。女優の技藝によつてこの新劇團の運命が定まるやうなものだと思つて充分に演《や》つて頂きたい。女優と云ふものも馬鹿に出來ないものだと云ふ事を今度の興行によつて世間へ見せて頂きたい。」酒井は斯う云つて女優たちを上手におだてた。
その中にゐて、みのるには例の惡るい癖がもう初まつてゐた。自分の氣分がこの俳優の群れに染まないと云ふ事がすつかりみのるを演劇の執着からはなしてしまつた事であつた。みのるは芝居をする事がもう厭になつてゐた。そうして、何時もこの俳優
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