た。顏の輪廓の貞奴に似た高貴な美しさを持つてゐた。その中にゐて、みのるは矢つ張り行田の手で作られた戯曲の女主人公をやる事に定まつてゐた。
その女主人公は音樂家の老孃であつた。それが不圖戀を感じてから、今まで冷めたく自分を取卷いてゐた藝術境から脱けて出てその戀人と温い家庭を持たうとした。その時にその戀人の夫人であつた女から嫉妬半分の家庭觀を聞いて、又淋しくもとの藝術の世界に一人して住み終らうと決心する。と云ふのであつた。
他の俳優たちは誰もその脚本を笑つてゐた。他の俳優といふのは壯士俳優の三流ぐらゐなところから、手腕《うで》のあるのをすぐつて來た群れであつた。その中からこの脚本に現はれた人物に扮する樣に定められた男が二人ほどあつた。その頭では解釋のしきれないむづかしい言葉が續々と出てくるので閉口して笑つてゐた。
みのるが詰めて稽古に通ふ樣になつた時はもう冷めたい雨の降りつゞく秋口《あきぐち》になつてゐた。雨の降り込む清月の椽に立つて、べろ/\した單衣一枚の俳優たちが秋の薄寒さをかこつ樣な日もあつた。朝早く清月に行つてみのるが一人で臺詞《せりふ》をやつてる時などに、濡れた外套を着た酒
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