劇團の女優募集の記事はこの塲合のみのるには渡りに船であつた。
「僕は君は書ける人だと思つてゐる。だからその方で生活を助けたらいゝぢやないか。第一そんな事をするとしても君の年齡はもうおそいぢやないか。」
「藝術に年齡がありますか。」
「そりや藝術の人の云ふ事だ。君はこれからやるんぢやないか。」
「それならよござんす。私は私でやりますから。あなたの爲の藝術でもなければあなたの爲の仕事でもないんですから。私の藝術なんですから。私のする仕事なんですから。然う云ふ事であなたが私を支へる權利がどこにあります。あなたがいけないと云つたつて私はやるばかりですから。」
 斯う云ひきるとみのるの胸には久し振な慾望の炎がむやみと燃え立つた。そうして自分を見縊《みくび》るこの男を舞臺の上の技藝で、何でも屈服さしてやらなければならないと思つた。
「そんな準備の金は何所から算段するんだ。」
「自分で借金をします。」

       十

 みのるを加入《いれ》ると云ふ意味のはがきが小山の許から來てから、間もなく本讀みの日の通知があつた。
 みのるの前に斯うして一日々々と新たな仕事の手順が捗《はかど》つて行くのを見
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