ゐたわ。唯好い機會がないから我慢してゐたんだわ。」
 義男は舞臺の上のみのるを疑つて中々それに承知を與へなかつた。
「何故いけないの?」
 みのるはもう突つかゝり調子になつてゐた。
 裸になつた義男は椽側に寐そべつて煙草をのんでゐた。みのるはその前にぶつつりと坐つて※[#「赭のつくり/火」、第3水準1−87−52]え切らない義男の容體を眺めてゐた。
「そんな悠長な生活ぢやないからな。」
 義男は然う云つて考へてゐた。みのるが演劇に手腕を持つてゐて、それで澤山な報酬が得られる仕事とでも云ふのなら宜《い》いけれ共、海とも山とも付かない不安な界《さかい》へ又踏み込んで行つて、結局は何方《どつち》へ何《ど》う向き變つて行くか分らないと云ふ始末を思ふと、義男には却つてお荷物であつた。それに自分が毎日出てゆくある小社會の群れに對しても、それ等の人の惡るい仲間たちに舞臺の上の美しくない而《し》かも技藝に拙い女房を見られる事は義男に取つては屈辱だつた。そんな事をみのるが考へてる暇に常收入のある職業を見付けて自分に助力をしてくれる方が義男には滿足だつた。
 生活の事も思はずに、斯うして藝術に遊ばう遊ばう
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