へ入るつもりの事を話した。行田は義男の知つてゐる人だつた。まだ外國から歸つて來たばかりの新らしい脚本家であつた。その人の手に作られた一と幕物の脚本を上塲する事に定《き》まつてゐるのだが、そのむづかしい女主人公を演る女優がなくつて困つてゐると、晝間小山の云つた事にみのるは望みを繋いでゐた。けれども其所までは話さずに舞臺に出ても好いか惡るいかを義男に聞いて見た。義男は默つて燒栗を食べながら歩いてゐた。
 義男はまだ結婚しない前にみのるが女優になると云つて騷いだ事のあるのは知つてゐた。けれどもどんな技倆がこの女にあるのかは知らなかつた。その頃みのるがある劇團に入つて何か演《や》つた時に一向噂のなかつたところから考へても、舞臺の上の技巧はあんまり無さそうに思はれた。それにみのるの容貌《きりやう》では舞臺へ出ても引つ立つ筈がないと義男は思つてゐた。外國の美しい女優を見馴れた義男は、この平面な普通《なみ》よりも顏立ちの惡るいみのるが舞臺に立つといふ事だけでも恐しい無謀だとしきや思はれなかつた。
「今になつて何故そんな事を考へたんだね。」
 義男は燒栗を噛みながら斯う聞いた。
「先《せん》から考へて
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