みのるは直ぐに奧に通された。がらん[#「がらん」に傍点]とした廣い座敷に、みのるは庭の方を後にしてこれから逢はうといふ人の出てくるのを待つてゐた。何所も開け放してありながら風が少しも通つてこなかつた。さうして日中の暑熱《あつさ》に何も彼もぢつと息を凝らしてる樣な暑苦しさと靜さが、その赤くなつた疊の隅々に影を潜めてゐた。みのるは半巾《はんけち》で顏を抑へながら、せつせと扇子を使つてゐた。
 煙草盆を提げながら小作りな男が奧の方から出て來てみのるの前に座つた。瞳子《ひとみ》の黒い瞼毛《まつげ》の長い眼が晝寢でも爲てゐた樣にぼつとりと腫れてゐた。よく大坂人に見るやうに物を云ふ時その口尻に唾を溜める癖があつた。笑ふと女の樣な愛嬌がその小さな顏いつぱいに溢れた。
 小山はみのるの名前は知らなかつたけれども義男の名前は知つてゐた。手に持つてるみのるの名刺を弄《いぢ》りながら、小山はみのると話をした。
 小山は自分たちの拵《こしら》へてる劇團に就いて口を切つた。それからこの前の一回の興行はある興行師の手で組織された爲に世間から面白くない誤解を受たりしたけれ共、今度の第二回は酒井や行田《ゆきだ》
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