出て行つてから、[#「から、」は底本では「から。」]家の入り口の方へ釘を差しておいて自分も外に出た。[#「出た。」は底本では「出た、」]さうして廣小路へ來ると其所から江戸川行の電車に乘つた。
 色の褪めた明石の單衣を着て、これも色の褪めた紫紺の洋傘《かうもり》を翳《さ》したみのるの姿が、しばらくすると、炎天の光りに射られて一帶に白茶けて見える牛込の或る狹い町を迷つてゐた。敷き詰めた小砂利の一とつ/\に兩抉《りやうぐ》りの下駄が挾まるのでみのるは歩き難《に》くて[#「歩き難《に》くて」はママ]堪らなかつた。その度に慟悸が打つて汗が腋の下を傳はつた。地面から裾の中へ蒸し込んでくる熱氣と、上から照りつける日光の炎熱とが、みのるの薄い皮膚《はだ》をぢり/\と刺戟した。みのるの顏は燃えるやうに眞つ赤になつてゐた。
 みのるは橋の角の交番で「清月」と云ふ貸席をたづねると、其所から江戸川|縁《べり》の方へ曲がつて行つた。清月はその通りの右側にあつた。舊《もと》は旗本の邸《やしき》でもあつたかと思ふ樣な構造をした古るい家であつた。みのるはその式臺のところに立つて、取次に出た女中に小山と云ふ人をたづねた
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