と云ふ樣な、女らしい氣安さにその心持が返つてゐた。
長い間世間の上に喘ぎながら今日まで何も掴み得なかつたみのるの心は、いつともなく臆病になつてゐて、然《さ》うしてその心の上にもう疲勞の影が射してゐた。みのるは如何程強い張りを持ち初めても、直ぐ曉の星の樣にかうして消へていつた。そうして矢つ張り唯一人の義男の情《なさけ》に縋つて行かなければ生きられない樣な自らの果敢ない悲しみを、みのる自身が傍から眺めてゐる樣な心の態度で自分の身體を男の前に投げ出して了ふのが結局《おち》だつた。
みのるは其の翌《あく》る日から毎日机に向つて、半分草しかけてあつた或る物語の續きを書き初めた。兎もすると厭になつてみのるは幾度止そうとしたか知れなかつた。少しもそれに氣乘りがしてこなかつた。
今日まで書きかけて机の中に仕舞つておいた作といふのは、みのるの氣に入つたものではなかつた。自分の藝が一度踏み入つた境から何うしても脱れる事の出來ない一とつの臭味《くさみ》を持つてゐる事をつく/″\感じながら、とう/\筆を投げてしまつたその書きかけなのであつた。だからみのるは後半を直ぐに續けて行かうとする前に、もつとその
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