の期日に迫つてしまつた時であつた。その僅の間にみのるには兎ても思ふ樣なものは書けないと思つたからであつた。
「何故書かないんだ。」
 義男はその口を神經的に尖《とが》らかしてみのるに斯う云ひ詰めた。
「そんな賭け見たいな事を爲るのはいやだから、だから書かないんです。」
 みのるの例の高慢な氣《け》振りがその頬に射したのを義男は見たのであつた。
 みのるはその萬一の僥倖によつて、義男が自分の經濟の苦しみを免《のが》れ樣と考へてゐる事に不快を持つてゐた。この男は女を藝術に遊ばせる事は知らないけれども、女の藝術を賭博の樣な方へ導いて行つて働かせる事だけは知つてゐるのだと思ふと、みのるは腹が立つた。
「そんな事に使ふやうな荒れた筆は持つてゐませんから。」
 みのるは又斯う云つた。
「生意氣云ふな。」
 斯う義男は怒鳴りつけた。女の高慢に對する時の義男の侮蔑は、いつもこの「生意氣云ふな。」であつた。みのるはこの言葉が嫌ひであつた。義男を見詰めてゐたみのるの顏は眞つ蒼になつた。
「君は何と云つた。働くと云つたぢやないか。僕の爲に働くと云つたぢやないか。それは何うしたんだ。」
「働かないとは云ひませ
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