た所々の傷を眺めて斯う云つた。女の軟弱な肉を振り捩斷《ちぎ》るやうに掴み占める時の無殘さが、後になると義男の心に夢の樣に繰り返された。
 それは晝の間に輕い雨の落ちた日であつた。朝早く澤山の洗濯をしたみのるはその身體が疲れて、肉の上に板でも張つてある樣な心持でゐた。軒の近くを煙りの樣な優しい白い雲がみのるの心を覗《のぞ》く樣にしては幾度も通つて行つた。初夏の水分を含んだ空氣を透す日光は、椽に立つてるみのるの眼の前に色硝子の破片を降り落してゐる樣な美しさを漲らしてゐた。何となく蒸し暑い朝であつた。みのるのセルを着てゐたその肌觸りが汗の中をちく/\してゐた。
 それが午後になつて雨になつた。みのるは干し物を椽に取り入れてから、又椽に立つて雨の降る小さな庭を眺めた。この三坪ばかりの庭には、去年の夏義男が植えた紫陽花《あぢさゐ》が眞中に位置を取つてゐるだけだつた。黄楊《つげ》の木の二三本に霰《あられ》のやうなこまかい白い花がいつぱいに咲いてゐるのが、隅の方に貧しくしほらしい裝ひを見せてゐたけれ共、一年の内に延びてひろがつた紫陽花の蔭がこの庭の土の上には一番に大きかつた。その外には何もなかつた。
前へ 次へ
全84ページ中34ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田村 俊子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング