々の混雜が、雨の軒端《のきば》に陰にしめつたどよみを響かしてゐた。表から差覗《さしのぞ》かれる障子は何所も彼所《かしこ》も開け放されて、人の着物の黒や縞が塊《かた》まり合つて椽の外にその端を垂らしてゐた。裏手の格子戸の内に泥のついた下駄がいつぱいに脱ぎ散らしてあつた。みのるは臺所で見付けた昔馴染の老婢に木蓮を渡してから上《あが》り端《はな》の座敷の隅にそつと入つて坐つた。そこでは母親に殘された小さい小供たちが多勢の女の手に、悲しそうな言葉で可愛《いと》しまれながら抱かれてゐた。總領の娘も其所に交ぢつて、障子の外へ出たり入つたりする人々を眺めてゐた。昔みのるがお手玉を取つたり鞠を突いたりして遊び相手になつた總領の娘は、何年も親しく逢つた事のないみのるの顏を見ると、その眼を赤く腫らした蒼い顏に笑みを作つて挨拶した。みのるの眼はいつまでもこの娘の姿から離れなかつた。
「この子はあなたの眞似が上手。」
みのるに然う云つて師匠が笑つた時は、まだ四才ぐらゐの子であつた。みのるの例《いつ》もするやうに風呂敷包みを持つて、氣取つたお辭儀をしてから、
「これはみのるたん[#「みのるたん」に傍点]だよ。
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