と云つてみんなを笑はせた。幼ない時から高い鼻の上の方の兩端へ幾つも筋が出る樣な笑ひかたをする子であつた。みのるはこの娘のこゝまで成長して來たその背丈《せいだけ》の蔭に、自分の變つた短い月日を繰り返して見て果敢ない思ひをしずにはゐられなかつた。
「おい。」
 みのるは斯う呼ばれて振返ると、椽側に立つた義男は腮《あご》でみのるを招いてゐた。傍へ行くと義男は、
「これから社へ行つて香奠《かうでん》を借りてくるからね。」
と小さい聲で云つた。
「いくらなの。」
「五圓。」
 二人は笑ひながら斯う云ひ交はすと直ぐ別れた。みのるは其室《そこ》を出て彼方此方《あちこち》と師匠の姿を求めてゐるうちに、中途の薄暗い内廊下で初めて師匠に出逢つた。顏もはつきりとは見得ないその暗い中を通して、みのるは師匠の涙に漲つた聲を聞いたのであつた。
「あなたの身體はこの頃丈夫ですか。」
 師匠はみのるが別れて立たうとする時に斯う云つて尋ねた。みのるは昔の脆い師匠のおもかげを見た樣に思つてその返事が涙でふさがつてゐた。

       六

 その晩みのるは眠れなかつた。いつまでもその胸に思ひ出の綾が色を亂してこんが
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