迚《と》ても追ひ付く事が出來なかつた。
漸くみのるが家内《うち》にはいつて行つた時は、もう義男は小さい長火鉢の前に横になつてゐた。みのるは買つて來た小さいパンを袋から出して、土間の中まで追つて來たメエイに捩《ちぎ》つて投げてやりながら、態《わざ》といつまでも明りのついた義男の方を向かずにゐた。
「おい。」
義男は鋭い聲でみのるを呼んだ。
「なに。」
然う云つてからみのるは小犬を撫でたり、
「一人ぼつちで淋しかつたかい。」
と話をしたりして其所から入つてこなかつた。義男はいきなり立つてくると足を上げてみのるの膝の上に頭を擡《もた》せてゐた犬の横腹を蹴つた。
「外へ出してしまへ。」
義男はさも命令の力を顏の筋肉にでも集めてるやうに、「出せ」と云ふ意味を示すやうな腮《あご》の突き出しかたをすると、その儘其所に突つ立つてゐた。小犬は蹴られた義男の足の下まで直ぐ這ひ寄つてきて、そうして足袋の先きに齒を當てながらじやれ[#「じやれ」に傍点]付かうとした。
「あつちへお出で。」
みのるは小犬の頸輪《くびわ》を掴むと、自分の手許まで一度引寄せてから、雨の降つてる格子の外へ抛り付ける樣に引つ張
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