十人ばかり円を描いて踊っている。四十を越えた禿げ頭の男からおかっぱの女の子までまじっている。中折帽も踊っていれば鳥打帽も踊っている。着流しもいれば背広服もいる。よごれた作業服を纏《まと》ったまま手拍子とって跳ねている若者もある。下駄、草履《ぞうり》、靴、素足、紺|足袋《たび》、白足袋が音頭に合せて足拍子を揃えている。お下げ髪もあれば束髪もある。私が振返ってすっかり青葉になってしまった桜を眺めている間に、羽織姿の桃割《ももわれ》と赤前垂《あかまえだれ》の丸髷《まるまげ》とが交って踊り出した。見物人の間に立って私はしばらく見ていた。傍の男がこのくらいすくない方がかえっていいと呟《つぶや》いていたから、花盛りにはよほど大ぜい踊っていたものらしい。

 知恩院《ちおんいん》の前の暗い夜道をひとり帰りながら色々なことを考えた。ああして月給取《げっきゅうとり》も店員も運転手も職工も小僧も女事務員も町娘も女給も仲居もガソリンガールも一緒になって踊っているのは何と美しく善いことだろう。春の夜だ。男女が入り乱れて踊るにふさわしい。これほど自然なことは滅多にあるまい。異性が相|共《とも》に遊ぶ娯楽が日本に
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