告をよく新聞に見る。アーベントという言葉を用いたのは明治の終りか大正の初めころ、帝大の山上御殿ではじめて開かれた哲学会のカント・アーベントあたりが最初であったろうと思う。カント・アーベントには相当に意味があるが、映画アーベントに至っては笑止の極みである。そのうちに映画のソアレエなどといい出してフランス風を吹かせるようになるかもしれない。「喫茶店」が「サロン・ド・テー」になりかけているけはいもみえる。花道へ現れた紙屋治兵衛に「モダンボーイ」と呼びかける弥次馬の声などもただ笑って聞いてばかりもいられないような気がする。「なが子」が「ロング」、「おもん」が「ゲート」、「小栄竜」が「スモール・プロスペラス・ドラゴン」などと名乗って嬉しそうにしているのは罪がなくていいが、新聞に堂々と「サタデーサーヴィス」「雛《ひな》人形セット」「呉服ソルド市」「今シーズン第一の名画」「愛とユーモアの明るい避暑地」「このチャンスを逃さず本日|只今《ただいま》申込まれよ」などと広告が出ているのを見ると何だか人を馬鹿にしているような気がして私は腹立たしいほど嫌悪を感じる。いったい誰れに向って広告をしているのだ。お互に
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