れほど簡単なことはない。そうだ。こうも考えられる。
[#ここから4字下げ]
x=b
b=a
[#ここから3字下げ]
∴ x=a
[#ここで字下げ終わり]
してみると、形式論理学で媒概念曖昧の虚偽という奴だな。bが癖ものなのだ。
[#ここから2字下げ]
敏子に送られた鰈は村上の鰈である。
村上の鰈は山崎の送った鰈である。
それ故に、敏子に送られた鰈は山崎の送った鰈である。
[#ここで字下げ終わり]
山崎はこんな推論をしたのだ。だが「村上の鰈」といっても「村上の送った鰈」と「村上に送られた鰈」とがある。「村上の送った鰈」は松葉がれいで「村上に送られた鰈」は笹がれいなのだが、事態の偶然性が魔法の輪を描いて松葉がれいと笹がれいとを一つにしてしまったのだ。「村上の鰈」という概念はローマの神様のように首が両面になっている。二つが一つになったのか、一つが二つになったのか。つまり突然に煙が吹き出て「村上の送った鰈」と「村上に送られた鰈」との区別がつかなくなったのだ。「誰かあはれといふ[#「いふ」に白丸傍点]暮の」といった掛詞風の曖昧性が醸《かも》し出されたのだ。そこで媒概念という役目がつとまったのだ。
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