襟足《えりあし》を見せるところに媚態がある。喜田川守貞《きたがわもりさだ》の『近世風俗志』に「首筋に白粉ぬること一本足と号《い》つて、際立《きわだ》たす」といい、また特に遊女、町芸者の白粉について「頸《くび》は極《きわめ》て濃粧す」といっている。そうして首筋の濃粧は主として抜《ぬ》き衣紋《えもん》の媚態を強調するためであった。この抜き衣紋が「いき」の表現となる理由は、衣紋の平衡を軽く崩し、異性に対して肌への通路をほのかに暗示する点に存している。また、西洋のデコルテのように、肩から胸部と背部との一帯を露出する野暮に陥らないところは、抜き衣紋の「いき」としての味があるのである。
左褄[#「左褄」に傍点]を取ることも「いき」の表現である。「歩く拍子《ひょうし》に紅《もみ》のはつちと浅黄縮緬《あさぎちりめん》の下帯《したおび》がひらりひらりと見え」とか「肌の雪と白き浴衣《ゆかた》の間にちらつく緋縮緬の湯もじを蹴出《けだ》すうつくしさ」とかは、確かに「いき」の条件に適《かな》っているに相違ない。『春告鳥《はるつげどり》』の中で「入り来《きた》る婀娜者《あだもの》」は「褄《つま》をとつて白き足を
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