ならぬことがございますが、實際此谷中村と云ふものを取つて之を貯水池として洪水の時に水を入れて外の村を助けると云ふことが眞面目であるならば、僞りでないならば、何故に土地の地籍を欲しがるか、地籍即ち地面の登録を經て權利を欲しがる、何で土地の權利に必要があるか、人民が是非此土地を買つて呉れろと云ふものがあつたならば之は買つてやつて宜からう、賣るのが厭やだと云ふ者には何も無理に買ふに及ばぬ、借用でも宜からう、又買取りました地面も必要がない時には元との本人に返してやると云ふ證明を渡して宜からうと思ふ、所がそれをなさらずに無暗に地面の權利を登記所を經て取りたがる、道を廣げると云ふには土地に必要がある、川を拵へ狹い所を切り廣めるのには土地に必要があるから之れは土地を取らなければならぬ、貯水地にして中へ水を入れるには土地の必要はない、水を入れゝば足りる、譬を以て云ふのは恐入りますけれども「コツプ」を賣れと云ふ、貴君は何の爲に買ふか、水を飮む爲だ、水を飮むなら貸して上げませう、借りた「コツプ」で水の飮めぬと云ふことはない、谷中村を貯水地にするのは「コツプ」が必要なのでなく中の水が必要なのだから「コツプ」其物を取らなければならぬと云ふことはない、貸して上げると云つたら宜しく、借りたものでは水が飮めぬと云ふことはない、斯樣な譯でございますから權利即ち「コツプ」を取りたがると云ふのは分らぬ、水を飮む丈なら水を飮む丈で宜しい、「コツプ」を飮むのではない。(拍手)
△縣債を起して放蕩を勸める[#「縣債を起して放蕩を勸める」に丸傍点]
先刻申上げました通り栃木縣は山の樹木の拂下を受けた所があるが爲め山が荒れて河川が荒れた、堤防費其他の土木費が足らなくなつて借金をした、縣債を起して百八萬圓借金をしたと云ふ、それが三十七年です、年度を御記憶を願ひたい三十七年です、借金と云ふものは餘る程借りるものではない、百八萬圓の借金をして四十一萬圓と云ふ金をソツクリ取つて置いて三十七年に使はなかつた、是はマア怪しからん、人民は六萬圓以上の利息を拂つて居る、此四十一萬圓の方の利息はどうなつて居るか、一年四十一萬圓と云ふものを遊金にして居る、タツタ百萬圓の借金で四十一萬圓と云ふ遊金がある、其四十一萬圓の遊金を三十八年度に繰上げて之が谷中買收費となつた、さうすると三十八年に買ふべき金を豫め三十七年に準備したと云ふことが分る、それで帝國議會の方で之に加る金は二十二萬圓の金が、栃木縣災害土木補助費として下つて來ました、四十一萬圓の中を二十六萬圓出して合せて四十八萬圓とした、そして之を栃木縣丈の堤防費や何かに使ふべき金の性質で下つたものである、處が谷中村に在つては之が人家を買上げたり或は墓地を買上げた、怪しからぬ話、金を出して墓地を買ひ道具を買ふ、神社でも寺でも持つて來い買つてやると云ふ掛聲で居るです、甚だしきは茲に一の未丁年者があつて賣らない、此未丁年者には惡黨等が金を貸して、放蕩を勸めて借金を造らして夫から借金を責めて賣れと云ふ、斯う云ふやうなことがあるのです、さう云ふやうなことがございますからして此極端を以て惡い所と惡い所を御話しますと、先祖の石塔を賣る、親の石塔を賣る、此石塔の代償を以て放蕩をやる、娼妓を買ふ、藝者を買ふ、酒を飮む、賭博をすると云ふ有樣、之が何者が勸めるかと云ふと之を取締る役人共が之を勸める、(拍手)どうでございます諸君、斯樣なことにして陷れ/\してやる、仕舞に奪取るので御座います。
△ロジツクに合はぬ話[#「ロジツクに合はぬ話」に丸傍点]
今日は又彼等が強制にやつて土地收用規則を用ゆる、愈々人數が少數になつたから土地收用規則を用ひて賣らぬ奴を買上げる、成程土地收用規則も用ゆべき所には用ゆるでございませうが、今日表面の口實は谷中村の人民が困るから災害補助費の方で救つてやると云ふ、助けてやるのだ故に之を買收と云はぬで補償と云ふ、助けてやる救濟金だとまで云つて居る、救濟はしてやるが金は御免を蒙る、土地收用規則でフンダクル、餘り「ロジツク」に合はぬ話でございませぬか、(笑聲拍手起る)土地收用規則を用ゆると云ふならば何故に帝國議會に於て之を議さなかつたか、議會では唯だ、富山縣災害補助費、岡山縣災害補助費、其眞ン中に栃木縣災害補助費と、似たやうな名を書いて、此間議論をなされたのは武藤金吉君島田三郎君其他豫算委員が之に氣が付いて帝國議會で御論をなすつた、内務大臣が之に答へて演説をしたのも此二十二萬圓の金は皆谷中村の工事費と思つて議論をして居る、だから内務大臣も盡く金の性質を知つて議論をしたのでない、二十二萬圓の金を下げるのは助ける爲め下げる、之は栃木縣全體に割付になるので谷中村には十二萬圓しか來ない、即ち二十二萬圓の金は谷中村を助ける爲にすると云ふことがございますから内務大臣も事柄を知つて議論をしたのでない、議決になつた所の費目を見ると災害土木補助費です、買收と云ふことはありはしない、栃木縣會の議しましたのは例へ祕密でも何でも議決になつた項目は堤防費となつて居る、堤防費と明に書いてある、當年の武藤金吉代議士の質問に對する政府の答辯にも之は工事費である。
△詐僞の行爲である[#「詐僞の行爲である」に丸傍点]
何故に當然古來の村を買上げる必要が萬々あるならば之を天下に示さぬか、是丈の必要があつて萬止むを得ぬから此村を買上げると云ふことを世の中に明に示して、法律を拵へて土地收用規則の用ひられることにして惡いことをしないで大人しく買上げるが政府の仕事である、貯水地と云ふものは土地收用規則にない文字である、此ない文字を用ひて曖昧の間に人民の法律を知らぬのを幸に攪亂して、ドサクサ紛れに人民の所有權其他村全體を補償と名を付けて其實地籍の權利を取つて仕舞ふと云ふことは之は非常なる惡いことである、惡いのみならず其行動と云ふものが何と名を付けて宜しうございませうか、三十五年から當年迄五年の間村に對して堤防を築かないと云ふことを明言すると云ふことは殆ど之は罪人を扱ふのである、谷中村の人民は何の罪があります、如何なる罪があつて五ヶ年前より水責にされるか、少しく滑稽に亙りますが刑法にさう云ふ條文はない、人民を水責にすることはない、殆ど罪人を扱ふ如く五ヶ年間苦めて衣食を絶つて四方八方何方にも遁逃のないやうにして金錢の融通を絶ち、賣買を禁じ、借財に苦しめ食物に苦めて、往場がなく遁げ出す者に餞別同樣の金を與へて、權利は取つて仕舞ふと云ふ詐僞の行爲である、詐僞と云ふことは大きいから見へないのです、直接に之を云へば詐僞取財、詐僞して人の財産を奪ふものである、(拍手)下級の愚民知識の低い人に對して感情を甘く引きますことは上手でございますから、家屋は千兩で買ふ、買つた家屋は呉れるぞ、大層喜んで居る、一旦買[#「買」に「〔賣〕」の注記]つた家屋を貰ふ、補償であるから家屋は呉れるからと云ふのへ以て往つて造るとも賣るともしろと來るから喜ぶ、人は家屋程思ふものはない、田地や何かと違つて金を取つて家を貰ふと云ふから非常に喜んで、田地を安く取られることは氣が付かぬ、丸で手品です、田地の方も矢張其通りに一旦買上げたものを補償であるから其方にやるから立退けと云ふなら宜しうございませうが、田地の方は之が權利を取つて仕舞ふ、其代償がドの位かと云ふと實際の原價からしますと凡そ十五分の一にしか當らぬ、村と云ふものゝ原價、即ち現在に在る所の物に對する實價に比しますと云ふと、三十分の一に足らない位の支拂、斯樣なことで權利を取る、權利を取るが僅の家をやるからと云ふ所で皆釣込まれて田地を取られる、彼方でも此方でも詐僞して居るが、大きな詐僞だから到底人民に分るものでない、餘程能く出來て居ります、中々能く出來て居ります。
△千五百萬圓のもの[#「千五百萬圓のもの」に丸傍点]
之を親切に買上げるのは中々四十八萬兩位で出來る仕事でございませぬから、之を運動費として田地を買ふより先に人間の心自體を買收する方針で、買收丈で崩して仕舞つたから四十八萬圓で餘りある、之を誠實に買上げるには千五百萬圓を出しても多しとしない、假に千五百萬圓を以て賣拂つたと云へば富を爲すかと思ふが、谷中村を去つて他の原野を開くと千五百萬圓使つて今の谷中村丈のものが出來るか、出來ぬ、よし千五百萬圓のものを得ても人民の懷に得る所がなくなる、人民の懷に殘る金は一文もない、そして人民は居馴れた村を失ふ、政府は千五百萬圓の金を失ふ、國家は谷中村といふ富村を失ふのである、併し今ま千五百萬圓掛けると雖も今日の谷中村を拵へることは中々六ヶ敷ことである、之は北海道其他開墾地の例に依りましても中々容易なことでないと私共は思ふて居りますのです。
△其實人心を買ひ崩す[#「其實人心を買ひ崩す」に丸傍点]
然るに之を四十八萬兩の金を以て樂々と手に入ると云ふのだ、土地を買ふと云ふことは唯名のみであつて、其實人を買ひ人心を買つて内から崩して來たから、四十八萬圓の金は土地補償金に非ずして運動費と云ふものが多く其中に掛つて居ります、斯の如く村を潰されることを知らんで居るものが人民の中に居るが爲め斯樣なことに陷つたのであると云ふことを申上げると云ふと、此谷中村の人民と云ふものは餘程惡い奴が多くて意氣地がないやうに御輕蔑もございまして大に諸君の御同情を破ることでございますが、之は谷中村に限らず人民殘らず善いと云ふことには參りませぬ、之を政府が法律責にした時には小兒の腕を大人が捩上るより易い仕事でございます。けれども今日の問題は谷中村の人民が意氣地のない人民だからそれが爲めさう云ふ酷い目に會ふので、人民の性質が惡いから自から滅びるのだと云ふ説を以て頻りに人民の方の攻撃がございますけれども、之は皆買收する方の即ち四十八萬兩の運動者が觸れて歩くのでございまして、人民は如何に意氣地なしだらうが愚だらうがそれは問題でない、人民の愚なものがある所、知識の低い所、天産に衣食するが爲め經濟其他法律上權利の研究と云ふことの乏しい人民であるから自由自在になる、此土地を茲で買收と稱してフンダクツてやらうと云ふ惡黨奴等の擧動が詐僞に當つて居るぞ、盜賊の所爲に當つて居るぞ、殆ど戰爭をする如く、谷中村を攻取るが如き行爲を爲す、此惡業が惡いと云ふのでございます、之が問題である、人民の意氣地のないのが問題でない。(拍手)
△侮辱[#「侮辱」に丸傍点]、虐待[#「虐待」に丸傍点]、嘲弄[#「嘲弄」に丸傍点]、瞞着[#「瞞着」に丸傍点]
然らば詰り何をするかと云ふと土地を兼併するのでございます、人民が谷中村と云ふ所に多い割になつて居りますけれども、之に手を入れて堤防を堅牢にして人口を多く致しますと云ふと田地の價が一反歩八百圓九百圓と云ふ値が出ぬに限らぬ、今日と雖も田地の働が六百圓から四百圓若くは二百圓する、去年と雖も二百圓の働を以て六百圓の働をするのでございますから、堤防を堅牢にし水ハケを付けて灌漑の道を付ければ關八州の中では谷中村程善い村と云ふものは先づ二ツとなからうと私は信ずる、周圍には渡良瀬川思川と云ふのがあつて汽船が廻つて村の中から汽船に乘つて東京へ來る、汽船の乘場が四ヶ所ある、マン圓で千町許りが眞ツ平で何でも出來ぬものはない、さう云ふ結構な所が東京を去ること僅か二十里ない所にあると云ふことでございますから、此土地と云ふものは手の入れ次第で非常に善い村になる、彼の稻取村も元とから善い村でないが廢れものを收めて利益を收め世話が屆いたからで、然るに谷中村は今日打壞しに掛つて居るから田地の價もない人間も價のない如く禽獸に等しい扱を受けて居る、虐待侮辱惡い文字を蒙らぬものは一ツもない、政府の方から見ましたならば何と見へるか知らんが、侮辱、虐待、嘲弄、瞞着、總てのことをやられて居る、色々な目に遭つて居る、斯う云ふ目に遭つては人間も價値がない。
△胸が張り裂ける計り[#「胸が張り裂ける計り」に丸傍点]
之は順用して天然の資力を十分發
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