る。一體此の土地の人民は腹を立てると云ふことを知らない人民で、經濟の頭と權利と云ふ頭が乏しくなつて居る。何となれば百姓でございますから當り前に田を作り、春耕し夏耘り暑い土用に田の草を取つて、漸く七八月の頃稻の穗が出る時分には洪水が出て、是が一時に水泡に歸するのである。是は鑛毒の無い前の話でございます。鑛毒も何も無くても、洪水が出て此一時に一年の勞を水泡に歸しますからして、自分の家の經濟の豫算が常に出來ない。例へば一町の田を作れば五十俵取れる六十俵取れる、斯ふ云ふ計算をすることが出來ないから豫算と云ふ頭が無い。權利と云ふ方に參りますと、人は勞をすれば報酬を受けるのが權利であるけれども、一年働いたものが水泡に歸し、是れ天災なりと言ふて棄てなければならない。是れが何年ともなく長く其處に住んで居る所からして、皆之を天災に歸して天災と諦めて居る。腹を立つと云ふことは他の郷里の人よりも少ないのでございます。此の骨を折つた方には酬ひが來ない。一方骨を折らぬ方から酬ひが來る。何であるかと申しますと、洪水の爲に稻が腐れてしまうから米は取れないけれども、其の代はり肥料が來る、魚が多く取れる。骨を折らぬ方か
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