た、それや、これや、お家は堅けれど他處《よそ》よりのお方が贔屓になされて、伯父さま喜んで下され、勤めにくゝも御座んせぬ、此巾着も半襟もみな頂き物、襟は質素《ぢみ》なれば伯母さま懸けて下され、巾着は少し形《なり》を換へて三之助がお辨當の袋に丁度宜いやら、夫れでも學校へは行きますか、お清書が有らば姉にも見せてと夫れから夫れへ言ふ事長し。七歳のとしに父親得意場の藏普請に、足場を昇りて中ぬりの泥鏝《こて》を持ちながら、下なる奴に物いひつけんと振向く途端、暦に黒ぼしの佛滅とでも言ふ日で有しか、年來馴れたる足場をあやまりて、落たるも落たるも下は敷石に模樣がへの處ありて、掘りおこして積みたてたる切角に頭腦したゝか打ちつけたれば甲斐なし、哀れ四十二の前厄と人々後に恐ろしがりぬ、母は安兵衞が同胞《きやうだい》なれば此處に引取られて、これも二年の後はやり風俄かに重く成りて亡せたれば、後は安兵衞夫婦を親として、十八の今日まで恩はいふに及ばず、姉さんと呼ばるれば三之助は弟のやうに可愛く、此處へ此處へと呼んで背を撫で顏を`いて、さぞ父さんが病氣で淋しく愁らかろ、お正月も直きに來れば姉が何ぞ買つて上げますぞえ、母
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