る、御新造は驚きたるやうの惘《あき》れ顏して、夫れはまあ何の事やら、成ほどお前が伯父さんの病氣、つゞいて借金の話しも聞ましたが、今が今私しの宅《うち》から立換へようとは言はなかつた筈、それはお前が何ぞの聞違へ、私は毛頭《すこし》も覺えの無き事と、これが此人の十八番とはてもさても情なし。
花紅葉うるはしく仕立し娘たちが春着の小袖、襟をそろへて褄《つま》を重ねて、眺めつ眺めさせて喜ばんものを、邪魔ものゝ兄が見る目うるさく、早く出てゆけ疾《と》く去《い》ねと思ふ思ひは口にこそ出さねもち前の疳癪したに堪えがたく、智識の坊さまが目に御覽じたらば、炎につゝまれて身は黒烟りに心は狂亂の折ふし、言ふ事もいふ事、金は敵藥ぞかし、現在うけ合ひしは我れに覺えあれど何の夫れを厭ふ事かは、大方お前が聞ちがへと立きりて、烟草《たばこ》輪にふき私は知らぬと濟しけり。
ゑゝ大金でもある事か、金なら二圓、しかも口づから承知して置きながら十日とたゝぬに耄《まう》ろくはなさるまじ、あれ彼の懸け硯の引出しにも、これは手つかずの分と一ト束、十か二十か悉皆《みな》とは言はず唯二枚にて伯父が喜び伯母が笑顏、三之助に雜煮のはしも
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