《(よろづよ)》いわふ新玉《(あらたま)》の、歳たちかへつて七日の日|来《(きた)》りき、伯母君は隣村の親族がり年始の礼にと趣き給ひしが、朝より曇り勝の空いや暗らく成るまゝに、吹く風絶へたれど寒さ骨にしみて、引入るばかり物心ぼそく不図《(ふと)》ながむる空に白き物ちら/\、扨《(さて)》こそ雪に成りぬるなれ、伯母様さぞや寒からんと炬燵《(こたつ)》のもとに思ひやれば、いとど降る雪|用捨《(ようしや)》なく綿をなげて、時の間に隠くれけり庭も籬《(まがき)》も、我が肘《(ひぢ)》かけ窓ほそく開らけば一目に見ゆる裏の耕地の、田もかくれぬ畑もかくれぬ、日毎に眺むる彼の森も空と同一《ひとつ》の色に成りぬ、あゝ師の君はと是れや抑々《(そもそも)》まよひなりけり。
 禍《(わざは)》ひの神といふ者もしあらば、正《(まさ)》しく我身さそはれしなり、此時の心何を思ひけん、善《(よし)》とも知らず悪《(あ)》しとも知らず、唯懐かしの念に迫まられて身は前後無差別に、免《(の)》がれ出《(いで)》しなり薄井の家を。
 是れや名残と思はねば馴れし軒ばを見も返へらず、心いそぎて庭口を出《(いで)》しに、嬢様この雪
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