の、いかに世の人とり沙汰うるさく一村|挙《こぞ》りて我れを捨つるとも、育て給ひし伯母君の眼に我が清濁は見ゆらんものを、汚《けが》れたりとや思す恨らめしの御詞、師の君とても昨日今日の交りならねば、正しき品行は御覧じ知る筈《(はず)》を、誰が讒言《さかしら》に動かされてか打捨て給ふ情なさよ、成らば此胸かきさばきても身の潔白の顕《(あら)》はしたやと哭きしが、其心の底何者の潜みけん、駒《こま》の狂ひに手綱の術《(すべ)》も知らざりしなり。
 小簾《(をす)》のすきかげ隔てといへば、一重ばかりも疾《(や)》ましきを、此処十町の間に人目の関きびしく成れば、頃は木がらしの風に付けても、散りかふ紅葉のさま浦山しく、行くは何処《どこ》までと遠く詠《(なが)》むれば、見ゆる森かげ我を招くかも、彼の村外れは師の君のと、住居のさま面かげに浮かんで、夕暮ひゞく法正寺の鐘の音かなしく、さしも心は空に通へど流石《(さすが)》に戒しめ重ければ、足《あし》は其方に向けも得せず、せめては師の君訪ひ来ませと待てど、立つ名は此処にのみならで、憚りあればにや音信《(おとづれ)》もなく、と絶《(だ)》えし中に千秋を重ねて、万代
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