給ふとも、桂木様は何者の子何者の種とも知らぬを、門閥家《いゑがら》なる我が薄井の聟とも言ひがたく嫁にも遣《(や)》りがたし、よし恋にても然《し》かぞかし、無き名なりせば猶《(なほ)》さらのこと、今よりは構へて往来《(ゆきき)》もし給ふな、稽古もいらぬ事なり、其方大切なればこそお師匠様と追従《(ついしよう)》もしたれ、益《(えき)》も無き他人を珍重には非らず、年来《としごろ》美事に育だて上げて、人にも褒められ我れも誇りし物を、口惜しき濡《(ぬ)》れ衣《(ぎぬ)》きせられしは彼《(か)》の人ゆゑなり、今までは今までとして、以来《これより》は断然《ふつつり》と行ひを改ため、其方が名をも雪《(そそ)》ぎ我が心をも安めくれよ、兎角《(とかく)》に其方が仇は彼の人なれば、家を思ひ伯母を思はゞ、桂木とも思《(おぼ)》すな一郎とも思すな、彼の門《(かど)》すぎる共《(とも)》寄り給ふな。と畳みかけて仰《(おほ)》する時我が腸《(はらわた)》は断《(た)》ゆる斗《(ばかり)》に成りて、何の涙ぞ睚《(まぶた)》に堪へがたく、袖につゝみて音《(ね)》に泣きしや幾時《(いくとき)》。
口惜しかりしなり其内心
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