ふりに何処《(いづこ)》へとて、お傘をも持たずにかと驚ろかせしは、作男の平助とて老実《まめやか》に愚かなる男なりし、伯母様のお迎ひにと偽れば、否や今宵はお泊りなるべし、是非お迎ひにとならば老僕《おやぢ》が参らん、先《(まづ)》待給へと止めらるゝ憎くさ、真実《まこと》は此雪に宜《よ》くこそと賞められたく、是非に我が身行きたければ、其方は知らぬ顔にて居よかしと言ふに、取《(とり)》しめなく高笑ひして、お子達は扨らちも無きもの、さらば傘を持給へとて、其身の持ちしを我れに渡しつ、転ろばぬ様に行き給へと言ひけり、由縁《(ゆかり)》あれば武蔵野の原こひしきならひ、此一[#(ト)]言さへ思《(おも)》ひ出《(いで)》らるゝを、無情《つれなか》かりしも我が為、厳しかりしも我が為、末《すゑ》宜《よ》かれとて尽くし給ひしを、思ふも勿躰なきは伯母君のことなり。
 斯《(か)》くまでに師は恋しかりしかど、夢さら此人を良人《つま》と呼びて、共に他郷の地を踏まんとは、かけても思ひ寄らざりしを、行方《(ゆくかた)》なしや迷ひ、窓の呉竹《(くれたけ)》ふる雪に心|下折《したを》れて我れも人も、罪は誠の罪に成りぬ、我が
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