とめけん、吹く風つたへて伯母君の耳にも入りしは、これや生れて初めての、仇名《(あだな)》ぐさ恋すてふ風説なりけり。
世は誤《あやまり》の世なるかも、無き名とり川波かけ衣、ぬれにし袖の相手といふは、桂木一郎とて我が通学せし学校の師なり、東京の人なりとて容貌《みめ》うるはしく、心やさしければ生徒なつきて、桂木先生と誰れも褒めしが、下宿は十町ばかり我が家の北に、法正寺と呼ぶ寺の離室《はなれ》を仮《(かり)》ずみなりけり、幼なきより教へを受くれば、習慣《ならはし》うせがたく我を愛し給ふこと人に越えて、折ふしは我が家をも訪ひ又下宿にも伴なひて、おもしろき物がたりの中に様々教へを含くめつ、さながら妹の如くもてなし給へば、同胞《(はらから)》なき身の我れも嬉しく、学校にての肩身も広かりしが、今はた思へば実《げ》に人目には怪しかりけん、よしや二人が心は行水《(ゆくみづ)》の色なくとも、結《ゆ》ふや嶋田髷これも小児《こども》ならぬに、師は三十に三つあまり、七歳にしてと書物の上には学びたるを、忘れ忘られて睦みけん愚かさ。
見る目は人の咎《(とが)》にして、有るまじき事と思ひながらも、立ちし浮名の消ゆる
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