そもや谷川の水おちて流がれて、清からぬ身に成り終りし、其《(その)》あやまちは幼気《おさなぎ》の、迷ひは我れか、媒《(なかだち)》は過ぎし雪の日ぞかし。
我が故郷は某の山里、草ぶかき小村なり、我が薄井《うすゐ》の家は土地に聞えし名家にて、身は其《(その)》一つぶもの成りしも、不幸は父母はやく亡《(う)》せて、他家《ほか》に嫁ぎし伯母の是れも良人《(をつと)》を失なひたるが、立帰りて我をば生《(おほ)》したて給ひにき、さりながら三歳といふより手しほに懸け給へば、我れを見ること真実《まこと》の子の如く、蝶花の愛|親《おや》といふ共《(とも)》これには過ぎまじく、七歳よりぞ手習ひ学問の師を撰《(え)》らみて、糸竹《(いとたけ)》の芸は御身づから心を尽くし給ひき。扨《(さて)》もたつ年に関守なく、腰|揚《あげ》とれて細眉つくり、幅びろの帯うれしと締《し》めしも、今にして思へば其頃の愚かさ、都乙女の利発には比《(く)》らぶべくも非らず、姿ばかりは年齢ほどに延びたれど、男女の差別なきばかり幼なくて、何ごとの憂きもなく思慮もなく明し暮らす十五の冬、我れさへ知らぬ心の色を何方《(いづこ)》の誰れか見
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