ぬ》に軟《な》へたる帯、やつれたりとも美貌《びばう》とは誰《た》が目にも許すべし。「あはれ果敢《はか》なき塵塚《ちりづか》の中《うち》に運命を持てりとも、穢《きた》なき汚《よご》れは蒙《かふ》むらじと思へる身の、猶《なほ》何所《いづこ》にか悪魔のひそみて、あやなき物をも思はするよ。いざ雪ふらば降れ、風ふかば吹け、我が方寸《ほうすん》の海に波さわぎて、沖の釣舟《つりぶね》おもひも乱れんか、凪《な》ぎたる空に鴎《かもめ》なく春日《はるひ》のどかになりなん胸か、桜町が殿の容貌《おもかげ》も今は飽くまで胸にうかべん。我が良人《をつと》が所為《しよゐ》のをさなきも強《し》いて隠くさじ。百八《ひやくはち》煩悩《ぼんのう》おのづから消えばこそ、殊更《ことさら》に何かは消さん。血も沸かば沸け、炎も燃へばもへよ」とて、微笑を含みて読みもてゆく、心は大滝《おほだき》にあたりて濁世《だくせ》の垢《あか》を流さんとせし、某《それ》の上人がためしにも同じく、恋人が涙の文字《もんじ》は幾筋《いくすぢ》の滝のほとばしりにも似て、気や失なはん、心弱き女子《をなご》ならば。
傍《そば》には可愛《かあゆ》き児《ちご》の
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