なりし。身の行ひは清くもあれ、心の腐りのすてがたくば、同じ不貞の身なりけるを、いざさらば心試《こゝろだめ》しに拝し参らせん。殿も我が心を見給へ、我が良人《をつと》も御覧ぜよ。
 神もおはしまさば我《わ》が家《や》の軒に止《とゞ》まりて御覧ぜよ、仏もあらば我がこの手元に近よりても御覧ぜよ。我が心は清めるか濁れるか」
 封じ目ときて取出《とりいだ》せば一尋《ひとひろ》あまりに筆のあやもなく、有難き事の数々、辱《かた》じけなき事の山々、思ふ、恋《した》ふ、忘れがたし、血の涙、胸の炎、これ等の文字《もんじ》を縦横《じうわう》に散らして、文字《もんじ》はやがて耳の脇《わき》に恐《おそろ》しき声もて※[#「口+耳」、第3水準1−14−94]《さゝや》くぞかし。一通は手もとふるへて巻納《まきおさ》めぬ、二通も同じく、三通《さんつう》四通《しつう》五六通《ごろくつう》より少し顔の色かはりて見えしが、八九十通《はちくじつゝう》十二通《じうにつう》、開らきては読み、よみては開《ひ》らく、文字《もんじ》は目に入《い》らぬか、入りても得《え》よまぬか。
 長《たけ》なる髪をうしろに結びて、旧《ふ》りたる衣《き
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