やう)》の松に吹《(ふく)》かぜ音さびて、根岸|田甫《(たんぼ)》に晩稲《おくて》かりほす頃、あのあたりに森江しづと呼ぶ女あるじの家を、うさんらしき乞食小僧の目にかけつゝ、怪しげなる素振《(そぶり)》あるよし、婢女《(はしため)》ども気味わるがりて※[#「口+耳」、第3水準1−14−94]《(ささや)》き合ひしが、門の扉の明《(あけ)》くれに用心するまでもなく、垣に枝《(し)》だれし柿の実ひとつ、事もなくして一月あまりも過ぎぬるに、何時《(いつ)》となく忘れて噂も出ず成《(なり)》しが、主《(あるじ)》の女が敏《(さと)》き耳には、少しあやしと聞かるゝ事あり、秋雨しと/\と降りて物あはれなる夜、ともし火のもとに独り手馴れの琴を友として、あはれに淋しき調べを弄《(もてあそ)》びつゝ、上野の森に聞えいづる鐘の、さりとは更けぬるかなと、さしおきて聞けば、軒ばを伝ふ雨しだりのほかに、梢をゆする秋風の外に、物のけはいの聞ゆる様なること度《(たび)》かさなりぬ。
軒ばに高き一もと松、誰れに操の独栖《ひとりずみ》ぞと問はゞ、斯道《これ》にと答へんつま琴の優しき音色に一身を投げ入れて、思ひをひそめし
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