は幾とせか取る年は十九、姿は風にもたへぬ柳の糸の、細々と弱げなれども、爪箱とりて居ずまゐを改たむる時は、塵のうきよの紛雑《みだれ》も何ぞ、松風かよふ糸の上には、山姫きたりて手やそふらん、夢も現《(うつつ)》も此うちにとほゝ笑みて、雨にも風にも、はたゝめく雷電にも、悠然として余念なし。
 頃は神無月はつ霜この頃ぞ降りて、紅葉の上に照る月の、誰が砥《(と)》にかけて磨《(みが)》きいだしけん、老女が化粧《(けはひ)》のたとへは凄し、天下一面くもりなき影の、照らすらん大廈《(たいか)》も高楼も、破屋《わらや》の板間の犬の臥床《(ふしど)》も、さては埋《(う)》もれ水《(みづ)》人に捨てられて、蘆のかれ葉に霜のみ冴ゆる古宅の池も、筧《(かけひ)》のおとなひ心細き山した庵《(いほ)》も、田のもの案山子《(かがし)》も小溝の流れも、須磨も明石も松島も、ひとつ光りのうちに包みて、清きは清きにしたがひ、濁れるは濁れるまに/\、八面玲瓏一点無私のおもかげに添ひて、澄《(すみ)》のぼる琴のね何処までゆくらん、うつくしく面白く、清く尊く、さながら天上の楽にも似たりけり。
 お静が琴のねは此月此日うき世に人一
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