かものして、帰るや御濠の松の下かげ、世にあさましき終りを為しける後は、来よかし此処へ、我れ拾ひあげて人にせんと招くもなければ、我れから願ひて人に成らん望みもなく、はじめは浮世に父母ある人うらやましく、我れも一人は母ありけり、今は何処《(いづこ)》に如何なることをしてと、そゞろに恋しきこともありしが、父が終りの悲しきを見るにも、我が渡辺の家の末をおもふにも、母が処業《しわざ》は悪魔に似たりとさへ恨まれける。
父は無きか、母は如何にと問はるゝ毎《(ごと)》に、袖のぬれしは昔しなりけり、浮世に情なく人の心に誠なきものと思ひさだめてよりは、生中《なまなか》あはれをかくる人も、我れを嘲《(あざ)》けるやうに覚えて面《(つら)》にくし、いでや、つらからば一筋につらかれ、とてもかくても憂身《(うきみ)》のはてはとねぢけゆく心に、神も仏も敵とおもへば、恨みは誰れに訴へん、漸々《(やうやう)》尋常《なみ》ならぬ道に尋常《なみ》ならぬ思ひを馳せけり。
おどろに乱れし髪のひまより、人を射るやうなる眼のきらきらと光るほかは、垢《あか》にまみれし面《(おも)》かげの、何処《(いづこ)》にはいかならん好《(よ
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