く過ぎて、はては尋ね行きたりとて、面《(おもて)》を合はする事もなく、乳母にや出《(いで)》けん、人の妻にや成りけん、百年の契りは誠に空しくなりぬ。
斯《(か)》くて半年を経たりし後は、父もむかしの父に非ずなりぬ、見かぎりて出《(いで)》にし妻を、あはれ賢こしと世の人ほめものにして、打《(うち)》すてられし親子の身に哀れをかくる人は少なかりき、夫《(そ)》れも道理、胸にたゝまるもや/\の雲の、しばし晴るゝはこれぞとばかり、飲むほどに酔ふほどに、人の本性はいよいよ暗くなりて、つのりゆく我意《(がい)》の何処《(いづこ)》にか容《(い)》れらるべき、其年《(そのとし)》の師走には親子が身二つを包むものも無く、ましてや雨露をしのがん軒もなく成りぬ、されども父の有けるほどは、頼む大樹のかげと仰ぎて、よしや木ちんの宿に蒲団はうすくとも、温かき情の身にしみし事もありしを、夫《(それ)》すら十歳と指をるほどもなく、一とせ何やらの祝ひに或る富豪《ものもち》の、かゞみを抜いていざと並べし振舞《(ふるまひ)》の酒を、うまし天の美禄、これを栞《(しを)》りに我れも極楽へと心にや定めけん、飢へたる腹にしたゝ
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