、とお京は尺《ものさし》を杖に振返りて吉三が顏を守りぬ。
 例《いつも》の如く臺處から炭を持出して、お前は喰ひなさらないかと聞けば、いゝゑ、とお京の頭をふるに、では己ればかり御馳走さまに成らうかな、本當に自家《うち》の吝嗇《けちん》ぼうめ八釜しい小言ばかり言やがつて、人を使ふ法をも知りやがらない、死んだお老婆《ばあ》さんは彼んなのでは無かつたけれど、今度の奴等と來たら一人として話せるのは無い、お京さんお前は自家《うち》の半次さんを好きか、隨分厭味に出來あがつて、いゝ氣の骨頂の奴では無いか、己れは親方の息子だけれど彼奴ばかりは何うしても主人とは思はれない番ごと喧嘩をして遣り込めてやるのだが隨分おもしろいよと話しながら、鐵網《かなあみ》の上へ餅をのせて、おゝ熱々と指先を吹いてかゝりぬ。
 己れは何うもお前さんの事が他人のやうに思はれぬは何ういふ物であらう、お京さんお前は弟といふを持つた事は無いのかと問はれて、私は一人|娘《ご》で同胞《きやうだい》なしだから弟にも妹にも持つた事は一度も無いと言ふ、左樣かなあ、夫れでは矢張何でも無いのだらう、何處からか斯うお前のやうな人が己れの眞身の姉さんだと
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