界では無からうか、まあ夢のやうな約束さとて笑つて居れば、いゝやな夫れは、出來ない時に調らへて呉れとは言は無い、お前さんに運の向いた時の事さ、まあ其樣な約束でもして喜ばして置いてお呉れ、此樣な野郎が糸織ぞろへを冠つた處がをかしくも無いけれどもと淋しさうな笑顏をすれば、そんなら吉ちやんお前が出世の時は私にもしてお呉れか、其約束も極めて置きたいねと微笑んで言へば、其《そい》つはいけない、己れは何うしても出世なんぞは爲ないのだから。何故/\。何故でもしない、誰れが來て無理やりに手を取つて引上げても己れは此處に斯うして居るのが好いのだ、傘屋の油引きが一番好いのだ、何うで盲目縞の筒袖に三尺を脊負つて産《で》て來たのだらうから、澁《しぶ》を買ひに行く時かすり[#「かすり」に傍点]でも取つて吹矢《ふきや》の一本も當りを取るのが好い運さ、お前さんなぞは以前《もと》が立派な人だと言ふから今に上等の運が馬車に乘つて迎ひに來やすのさ、だけれどもお妾に成ると言ふ謎では無いぜ、惡く取つて怒つてお呉んなさるな、と火なぶりをしながら身の上を歎くに、左樣さ馬車の代りに火の車でも來るであらう、隨分胸の燃える事が有るからね
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