る耻は誰が上ならず、勿躰なき身の覺悟と心の中に詫言《わびごと》して、どうでも死なれぬ世に生中目を明きて過ぎんとすれば、人並のうい事つらい事、さりとは此身に堪へがたし、一生五十年めくらに成りて終らば事なからんと夫れよりは一筋に母樣の御機嫌、父が氣に入るやう一切この身を無いものにして勤むれば家の内なみ風おこらずして、軒ばの松に鶴が來て巣をくひはせぬか、これを世間の目に何と見るらん、母御は世辭上手にて人を外らさぬ甘《うま》さあれば、身を無いものにして闇をたどる娘よりも、一枚あがりて、評判わるからぬやら。
 お縫とてもまだ年わかなる身の桂次が親切はうれしからぬに非ず、親にすら捨てられたらんやうな我が如きものを、心にかけて可愛がりて下さるは辱けなき事と思へども、桂次が思ひやりに比べては遙かに落つきて冷やかなる物なり、おぬひさむ我れがいよ/\歸國したと成つたならば、あなたは何と思ふて下さろう、朝夕の手がはぶけて、厄介が減つて、樂になつたとお喜びなさろうか、夫れとも折ふしは彼の話し好きの饒舌《おしやべり》のさわがしい人が居なくなつたで、少しは淋しい位に思ひ出して下さろうか、まあ何と思ふてお出なさると
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