此樣《こん》な事を問ひかけるに、仰しやるまでもなく、どんなに家中が淋しく成りましよう、東京《こゝ》にお出あそばしてさへ、一ト月も下宿に出て入らつしやる頃は日曜が待どほで、朝の戸を明けるとやがて御足おとが聞えはせぬかと存じまする物を、お國へお歸りになつては容易に御出京もあそばすまじければ、又どれほどのお別れに成りまするやら、夫れでも鐵道が通ふやうに成りましたら度々御出あそばして下さりませうか、そうならば嬉しけれどゝ言ふ、我れとても行きたくてゆく故郷でなければ、此處に居られる物なら歸るではなく、出て來られる都合ならば又今までのやうにお世話に成りに來まする、成るべくは鳥渡《ちよつと》たち歸りに直ぐも出京したきものと輕くいへば、それでもあなたは一家の御主人さまに成りて采配をおとりなさらずは叶ふまじ、今までのやうなお樂の御身分ではいらつしやらぬ筈と押へられて、されば誠に大難に逢ひたる身と思しめせ。
我が養家は大藤村の中萩原とて、見わたす限りは天目山、大菩薩峠の山々峯々垣をつくりて、西南にそびゆる白妙の富士の嶺は、をしみて面かげを示めさねども冬の雪おろしは遠慮なく身をきる寒さ、魚といひては甲府ま
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