もちなら主人が怕《こは》く親もちなら親の言ひなり、振向ひて見てくれねば此方も追ひかけて袖を捉らへるに及ばず、夫なら廢せとて夫れ限りに成りまする、相手はいくらもあれども一生を頼む人が無いのでござんすとて寄る邊なげなる風情、もう此樣な話しは廢しにして陽氣にお遊びなさりまし、私は何も沈んだ事は大嫌ひ、さわいでさわいで騷ぎぬかうと思ひますとて手を扣《たゝ》いて朋輩を呼べば力ちやん大分おしめやかだねと三十女の厚化粧が來るに、おい此娘の可愛い人は何といふ名だと突然《だしぬけ》に問はれて、はあ私はまだお名前を承りませんでしたといふ、嘘をいふと盆が來るに焔魔樣《ゑんまさま》へお參りが出來まいぞと笑へば、夫れだとつて貴君今日お目にかゝつたばかりでは御坐りませんか、今改めて伺ひに出やうとして居ましたといふ、夫れは何の事だ、貴君のお名をさと揚げられて、馬鹿/\お力が怒るぞと大景氣、無駄ばなしの取りやりに調子づいて旦那のお商賣を當て見ませうかとお高がいふ、何分願ひますと手のひらを差出せば、いゑ夫には及びませぬ人相で見まするとて如何にも落つきたる顏つき、よせ/\じつと眺められて棚おろしでも始まつては溜らぬ、斯う
前へ
次へ
全44ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
樋口 一葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング