をはた/\と打あふぐ、蚊遣《かやり》の烟にむせばぬまでも思ひにもえて身の熱げなり。

       五

 誰れ白鬼とは名をつけし、無間地獄《むげんぢごく》のそこはかとなく景色づくり、何處にからくりのあるとも見えねど、逆さ落して血の池、借金の針の山に追ひのぼすも手の物ときくに、寄つてお出でよと甘へる聲も蛇くふ雉子《きゞす》と恐ろしくなりぬ、さりとも胎内十月の同じ事して、母の乳房にすがりし頃は手打《てうち》/\あわゝの可愛げに、紙幣《さつ》と菓子との二つ取りにはおこしをお呉れと手を出したる物なれば、今の稼業に誠はなくとも百人の中の一人に眞からの涙をこぼして、聞いておくれ染物やの辰さんが事を、昨日も川田やが店でおちやつぴいのお六めと惡戲《ふざけ》まわして、見たくもない往來へまで擔ぎ出して打ちつ打たれつ、あんな浮いた了簡で末が遂げられやうか、まあ幾歳《いくつ》だとおもふ三十は一昨年、宜い加減に家でも拵へる仕覺をしてお呉れと逢ふ度に異見をするが、其時限りおい/\と空返事して根つから氣にも止めては呉れぬ、父さんは年をとつて、母さんと言ふは眼の惡るい人だから心配をさせないやうに早く締つてくれゝば宜
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