き》の手紙お出しかといふ、はあと氣のない返事をして、どうで來るのでは無いけれど、あれもお愛想さと笑つて居るに、大底におしよ卷紙二|尋《ひろ》も書いて二枚切手の大封じがお愛想で出來る物かな、そして彼の人は赤坂|以來《から》の馴染ではないか、少しやそつとの紛雜《いざ》があろうとも縁切れになつて溜る物か、お前の出かた一つで何うでもなるに、ちつとは精を出して取止めるやうに心がけたら宜かろ、あんまり冥利がよくあるまいと言へば御親切に有がたう、御異見は承り置まして私はどうも彼んな奴は虫が好かないから、無き縁とあきらめて下さいと人事のやうにいへば、あきれたものだのと笑つてお前なぞは其我まゝが通るから豪勢さ、此身になつては仕方がないと團扇《うちは》を取つて足元をあふぎながら、昔しは花よの言ひなし可笑しく、表を通る男を見かけて寄つてお出でと夕ぐれの店先にぎはひぬ。
 店は二間間口の二階作り、軒には御神燈さげて盛り鹽景氣よく、空壜か何か知らず、銘酒あまた棚の上にならべて帳場めきたる處も見ゆ、勝手元には七輪を煽《あふ》ぐ音折々に騷がしく、女主《あるじ》が手づから寄せ鍋茶碗むし位はなるも道理《ことわり》、表に
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