何もそんなに案じるにも及ぶまい燒棒杭《やけぼつくひ》と何とやら、又よりの戻る事もあるよ、心配しないで呪《まじなひ》でもして待つが宜いさと慰めるやうな朋輩の口振、力ちやんと違つて私しには技倆《うで》が無いからね、一人でも逃しては殘念さ、私しのやうな運の惡るい者には呪も何も聞きはしない、今夜も又木戸番か何たら事だ面白くもないと肝癪まぎれに店前《みせさき》へ腰をかけて駒下駄のうしろでとん/\と土間を蹴るは二十の上を七つか十か引眉毛《ひきまゆげ》に作り生際、白粉べつたりとつけて唇は人喰ふ犬の如く、かくては紅も厭やらしき物なり、お力と呼ばれたるは中肉の背恰好すらりつとして洗ひ髮の大嶋田に新わらのさわやかさ、頸《ゑり》もと計の白粉も榮えなく見ゆる天然の色白をこれみよがしに乳《ち》のあたりまで胸くつろげて、烟草すぱ/\長烟管に立膝の無作法さも咎める人のなきこそよけれ、思ひ切つたる大形《おほがた》の裕衣に引かけ帶は黒繻子と何やらのまがひ物、緋の平ぐけが背の處に見えて言はずと知れし此あたりの姉さま風なり、お高といへるは洋銀の簪《かんざし》で天神がへしの髷の下を掻きながら思ひ出したやうに力ちやん先刻《さつ
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