かゝげし看板を見れば子細らしく御料理とぞしたゝめける、さりとて仕出し頼みに行たらば何とかいふらん、俄に今日品切れもをかしかるべく、女ならぬお客樣は手前店へお出かけを願ひまするとも言ふにかたからん、世は御方便や商賣がらを心得て口取り燒肴とあつらへに來る田舍ものもあらざりき、お力といふは此家の一枚看板、年は隨一若けれども客を呼ぶに妙ありて、さのみは愛想の嬉しがらせを言ふやうにもなく我まゝ至極の身の振舞、少し容貌《きりやう》の自慢かと思へば小面が憎くいと蔭口いふ朋輩もありけれど、交際《つきあつ》ては存の外《ほか》やさしい處があつて女ながらも離れともない心持がする、あゝ心とて仕方のないもの面ざしが何處となく冴へて見へるは彼の子の本性が現はれるのであらう、誰しも新開へ這入るほどの者で菊の井のお力を知らぬはあるまじ、菊の井のお力か、お力の菊の井か、さても近來まれの拾ひもの、あの娘《こ》のお蔭で新開の光りが添はつた、抱へ主は神棚へさゝげて置いても宜いとて軒並びの羨み種《ぐさ》になりぬ。
 お高は往來《ゆきゝ》の人のなきを見て、力ちやんお前の事だから何があつたからとて氣にしても居まいけれど、私は身につ
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