たら誰れの處だといへば、見たら吃驚でござりませう色の黒い背の高い不動さまの名代といふ、では心意氣かと問はれて、此樣な店で身上はたくほどの人、人の好いばかり取得とては皆無でござんす、面白くも可笑しくも何ともない人といふに、夫れにお前は何うして逆上《のぼ》せた、これは聞き處と客は起かへる、大方|逆上性《のぼせしやう》なのでござんせう、貴君の事をも此頃は夢に見ない夜はござんせぬ、奧樣のお出來なされた處を見たり、ぴつたりと御出のとまつた處を見たり、まだ/\一層《もつと》かなしい夢を見て枕紙がびつしよりに成つた事もござんす、高ちやんなぞは夜る寐るからとても枕を取るよりはやく鼾の聲たかく、好い心持らしいが何んなに浦山しうござんせう、私はどんな疲れた時でも床へ這入ると目が冴へて夫は夫は色々の事を思ひます、貴君は私に思ふ事があるだらうと察して居て下さるから嬉しいけれど、よもや私が何をおもふか夫れこそはお分りに成りますまい、考へたとて仕方がない故人前ばかりの大陽氣、菊の井のお力は行ぬけの締りなしだ、苦勞といふ事はしるまいと言ふお客樣もござります、ほんに因果とでもいふものか私が身位かなしい者はあるまいと思
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